砂丘

 

   風紋が重なり合って

    砂丘の啼き声を封じ込めるから

  またぼくはきみの幻影を追いかけてしまう

 

  時計の針はサラサラと黄金の砂に吸い込まれて

  どうやら足元の永遠から一匹のさそりが這い出して

  ぼくを連れに来たようだ

 

  記憶はその輪郭を時間の迷宮に隠したままで

 

  ぼくがなぜ生まれたのかも

  どこで生きてきたのかも

  ・・・そして、きみがだれだったかも

   何もかもを地平線ごと運び去ってしまう

 

  ああ、みんなどこに行くのだろう

  この旅に果てがあるとしても

  ぼくたちは永遠のさすらいびと

  蜃気楼の一瞬の手招きはぼくたちを惑わし

  あらゆるものにいのちを吹き込むけれど

  偶然の出遭いは砂塵に巻き込まれ

  運命が走り去ったあとには

 

  きみはもういない

 

 

 


生まれて死ぬということ

 

ふと、私は思うのだけれどね

 

きみが今掴みとろうとしているひとつのイノチ

きみは深いところでうずくまったまま実は躊躇しているんだろう?

 

そこは、冷たい水底

辿りついたばかりのそれは

白い泡にくるまれ

分裂を繰り返していたところの出来損ないだらけたち

手も足も生えぬままの蛙の子のよう

どよんとした光のない眼球がくるりと一回転

陳腐なまでにオーソドックスな産まず女の羨望が

そんなに、おかしいかい…

 

それでね、やっぱり私は思うのだよ

 

きみ、後悔というものはいつの時代もね

きみがしり込みするほどに恥ずかしい勲章をぶら下げてね

 

それは、熱砂の星の夜

あぶられたまま光の子どもは

まっかに焼け爛れたその指で人々に指し示す

だれも見たことのない灼熱を

たったいま小人の道化が玉から転げ落ちた

えぐった心臓を見せびらかしているマジシャンは

猜疑心のワナを仕掛け終わるとこっそりと尋ねる

穴に潜るのは、おまえかい…

 

だから、戦争がはじまると私は思わずにいられなくて

ねえきみは…どう思う?

 

 


・・・セラピー

 

ああ、またあなたですか

きょうはなにをおはなしに?

時間ですか

いえ、気になさらず

そのつもりですから・・・ご自由に

 

はい。

はい。

・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・  おもうに、それは

やはり

毒です、毒しか考えられませんね

 

しかしあなたもお気の毒なひとだ

いえ、洒落じゃありませんよ

洒落といえば 昨日今日は人騒がせが町中を歩いていきやがる

ほら、ごらんなさいよ

テレビには しゃれこうべ、髑髏、髑髏をぶらさげて

正義の使者の振りをして 魑魅魍魎どもが世界中を闊歩していくじゃありませんか

何様のつもりでしょうか

 

まあちょっと お茶でもお飲みなさいな

すこし気持ちが落ち着きますよ

おや、どこかでお会いしたとおもったら

あなた・・・あのテレビの

 

そう、正体というもんは遅かれ早かれ・・・ですよね

「バレタカラニハ」って?

ははは、だめ、だめ、いまさらあなた!

 

ああ、回って来たようですね

時間ですからね

そのつもりでね、処方しておきましたよ、そのお茶の中に

はい。

毒です、毒しかないってさっきお話したばかりじゃありませんか・・・

 

 

そう、毒をもって毒を制す

昔から言われてきたことばです

 



SIN

・・・・・・作為の罪        

                           

 

また奴らが 来る

 

破滅の暗示を積み込んで

爆音と恐怖を轟かせて

少女の祈りの灯を消しに来る

 

閃光の穂先は容赦なく

悲鳴の真っ只中に急降下して

イノチの未来に突き刺さる

 

逃げ場無くした若い兵士の

瞳孔に焼きついた 真っ白な闇

悪魔の嘲笑のような火花が 空虚の破片を撒き散らし、

項垂れた眼窩に灼熱の血の色を添える

そして、戦禍の燃えかすは 砂嵐のように街を覆い尽くす

 

母の胸で幼子は眠りにつく

父の構える銃口の その訳も知らず、その先も知らず、

きょうの終わりに 夢を見る

飢えと渇きと暗澹を知らぬ世界の 夢を見る

夢は一瞬の爆撃に途切れ

母が、父が、幼子が  消えてゆく

きょうの終わりに 消えてゆく 

  

放たれた砲弾は数え切れないカナシミの種子を撒き散らす

 

何度・・・何度、

 同じ罪を繰り返せば気がすむのだろう   人間どもよ

 

サイレンが嘆きの雨のように

人々の時代の頭上に降りやまず

 

・・・ああ、また奴らが来たようだ

 



唖蝉

――― おしぜみ

 

陽に褪せたすだれのほつれに絡むのは

あのひとの影でしょうか

 

お願いです…

朽ちてゆく黄昏に縋りつく時のもどかしさを

こうして 何度も 何度も

口に出して問わずにはいられないわたしの舌を

切り取ってくれますか

 

いち日たりともわたしは

あのひとを忘れたことなどないのですから

唖蝉のまま土の中に忘れ去られようと

このほつれのまま いまをくくりつけ

 

そうなのです・・・できるのなら

暗渠に棲む一匹の翠の蛇のように

藻の腕に抱かれたまま 息を潜めていたいのです

 

それでも しがらみの裳裾を踏まぬよう

幾重にも敷かれた腐葉土の

饐えたぬくもりに身を横たえ

あのひとを待ち侘びた 年月の糸

その糸のほつれが侘しくて

声を殺して啼くしかないのだけれど

 

・・・・それがせめてもの

この世の生のあかしであるのなら

わたしとあのひとは

来世とやらで

もういちど時のほつれを睦みあうことが

許されそうな・・・気がするのです 

 


  さくら

     咲かせたまえ

     咲かせたまえ

        あびるほどに ひかり

     春 はる 満ちて春よ

        時を待たずして

    いまをはぐらかす風雨

    その困惑の旋律に

    行きつ戻りつ

    ひとひら踊りあぐねてそうろう

        
    生かしたまえ

    生かしたまえ

       つぶやくだけのまま

    夢 ゆめ 己が夢よ

       幾度となく

    重なりあうからだ

    白無垢のまま

    柔肌のめくれて

    きみが枝から散りてそうろう




 

Homeへ