ITが実現した「素晴らしき新世界」
統計局のサイトが便利なのは、すべてのデータをエクセル・ファイルで入手できることだ。このデータをダウンロードすれば、自分が使いたいように加 工できる。多数ある項目のなかから、必要な項目だけを残して他項目を削除することもできるし、構成比や伸び率なども、簡単に計算できる。結果をグラフで表 わすこともできる。
こうして、統計データの活用は、実に簡単にできるようになった。私は、いつも、「こんなことをやってもいいのだろうか?」と、ルール違反をしているような気持ちだ。これは、20年前には想像もできなかったことである。
その当時、統計データは、統計月報などの印刷物から入手するしかなかった。このため、私の研究室の書籍の3分の1程度は、統計データの書籍で占められていた。
また、PCが利用できなかった時代には、伸び率の計算やグラフ表示などは、手作業で行なうしかなかった。簡単な割り算でさえ大変だったのだから、 回帰計算など一大決心をしなければできなかった。最も大変だったのは、逆行列の計算である。データのサイズがそれほど大きくなくとも、逆行列の計算は悪夢 のような作業だった。それにいくら注意して計算しても、間違いが生じる。だから、回帰計算を行なう場合には、事前にデータを穴のあくほど眺めて、正しい回 帰式についての見当をつける必要があった。
エクセルなどの表計算ソフトを利用できるようになってからも、データの入力は手作業で行なうしかなかった。また、初期の表計算ソフトでは、四則演算はできても、行列の計算はできなかった。このため、経済統計の活用は、ごく最近まで決して容易な作業ではなかったのである。
しかし、現在では、計算作業はおろか、印刷物も、入力作業も、ほとんど必要なくなった。データさえ見出せれば回帰式があっという間に出てくるのを 見るたびに、ITの進歩がわれわれの知的環境をいかに改善したかを、つくづく感じる。われわれは、20年前には想像もできなかった素晴らしい世界に生きて いるのである。
ただし、こうした技術の進歩にもかかわらず、経済政策論議の質は、あまり向上していない。20年前より劣化している場合も少なくない。われわれ は、統計データの活用に関して、「宝の持ち腐れ」的状況(あるいは、「豚に真珠」的状況)に陥っていると思う(念のため付け加えるが、これは私自身につい ての自戒もこめて言っているのである)。
なぜエクセル・ファイルで
提供してくれないのだろう
上述したように、しばらく前までは、統計データは省庁などが作成する統計月報などの刊行物(印刷物)から得る場合が多かった。いまでは、これら は、ウェブサイトに掲載されている。印刷物の統計月報を使い慣れた者の立場からいうと、これらにどのようなデータが出ているかは熟知しているので、いまで もそちらを見るほうが手っ取り早い場合が多い(実は、総務省統計局の「日本統計年鑑」「日本の統計」なども、従来は印刷物であったものがウェブに移行した のである。類似の内容のものがいくつか並存しているのは、このためだ)。
そこで、ウェブサイトのどこに定期刊行物があるかを知っておくと、便利である。
財務省の場合には、トップページの「広報・報道」から、「出版物・パンフレット」を経由して、「財政金融統計月報」を開く(トップページの「財務総合政策研究所」→「刊行物」を経由してもよい)。
日本銀行の場合には、「統計データを活用したい」から「金融経済統計月報」を開く。
内閣府の場合には、「活動」欄の「統計情報・調査結果」→「国民経済計算(SNA)関連統計」を経由して「SNA」の「統計資料」を開く(なお、以上は、前述の総務省統計局「統計データ・ポータルサイト」の「府省等統計サイト」からもたどり着ける)。
ところで、これら刊行物からの移行データは、見やすい半面で、大きな問題を抱えている。それは、データがPDFで提供されている場合が多く、エク セル・ファイルに転換できない場合があることだ(データの改ざんを防ぐためか、PDFに鍵がかけられてしまっているのである)。
その場合には、自分用にカスタマイズして使うことができない。自分用に使うためには、データを入力してから、計算する必要がある。これは印刷物の 時代には当たり前のことだったのだが、IT時代においては、いかにも不便だ。PDFでもよいから、エクセル・フォーマットに転換可能な形で提供してくれれ ば、有用性は格段と高まる。「なぜそうしてくれないのだろう」という嘆きを、私は何度繰り返したかわからない。