2007年11月19日 野口悠紀雄(早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授)

ウェブサイトからのデータを
自分用にカスタマイズして使う

 前回述べた財務省のみならず、日本の官庁のウェブサイトは、かなり使いにくい構造になっている。しかし、総務省統計局のサイトが充実しており、そこから有用な統計データを多数得られるために、われわれはだいぶ救われている。

 統計局は、国勢調査のほか、労働力調査、事業所・企業統計調査、小売物価統計調査、家計調査、全国消費実態調査などを実施している。統計局のサイ トでは、これら以外に、他省庁などが作成したデータが使いやすい形で整理されている。普通の利用者にとって便利なのは、後者のデータだ。

 これらは、「日本統計年鑑」「日本の統計」「世界の統計」「総合月次統計データベース」「ポケット統計情報」「日本の長期統計系列」に納められている。これらはほぼ同じような内容のものであるが、日本のデータを利用するのであれば、「日本統計年鑑」を見るのがよいだろう。

 なお、統計局のサイトには、「統計データ・ポータルサイト」というものが設けられている。これは、一見したところ便利なサービスのように思えるのだが、残念なことに、この中の「分野別統計データ」は、ほとんど使い物にならない。

 たとえば、「金融・保険」の中の「金融」という項目を開くと、出てくるのは、「政府金融機関に関するアンケート調査」「中小企業連携活動実態調 査」「金融環境実態調査」だけだ。これらは、普通の人が求める金融データとはおよそ関係がないものである。日本の場合、金融関係のデータは日本銀行で作成 されているものが多いのだが、「分野別統計データ」が対象とするのは中央官庁だけで日本銀行が除外されているため、こうなってしまう。

 「統計データ・ポータルサイト」からは、むしろ「府省等統計サイト」」を経由して、各省庁に行くのがよい(このルートだと、日本銀行に もたどり着ける)。前回述べたように、日本の官庁では、内容を手がかりにして探しても、目的にはたどり着けない場合が多いのだ。官庁のデータを調べるに は、組織別、機構別に調べなければならないと述べたが、それはこの場合にも正しい(なお、このルートによっても、たとえば、金融庁関係のデータにたどり着 くことはできない)。

 日本の官庁による情報提供は、利用者の便宜を考えて行なわれているのではなく、提供者の都合によって行なわれているのである。これは、統計データ にかぎらず、あらゆる情報提供について言えることだ。これを知っているか否かで、官庁からの情報入手の効率性は大きく異なるものとなる。


ITが実現した「素晴らしき新世界」

 統計局のサイトが便利なのは、すべてのデータをエクセル・ファイルで入手できることだ。このデータをダウンロードすれば、自分が使いたいように加 工できる。多数ある項目のなかから、必要な項目だけを残して他項目を削除することもできるし、構成比や伸び率なども、簡単に計算できる。結果をグラフで表 わすこともできる。

 こうして、統計データの活用は、実に簡単にできるようになった。私は、いつも、「こんなことをやってもいいのだろうか?」と、ルール違反をしているような気持ちだ。これは、20年前には想像もできなかったことである。

 その当時、統計データは、統計月報などの印刷物から入手するしかなかった。このため、私の研究室の書籍の3分の1程度は、統計データの書籍で占められていた。

 また、PCが利用できなかった時代には、伸び率の計算やグラフ表示などは、手作業で行なうしかなかった。簡単な割り算でさえ大変だったのだから、 回帰計算など一大決心をしなければできなかった。最も大変だったのは、逆行列の計算である。データのサイズがそれほど大きくなくとも、逆行列の計算は悪夢 のような作業だった。それにいくら注意して計算しても、間違いが生じる。だから、回帰計算を行なう場合には、事前にデータを穴のあくほど眺めて、正しい回 帰式についての見当をつける必要があった。

 エクセルなどの表計算ソフトを利用できるようになってからも、データの入力は手作業で行なうしかなかった。また、初期の表計算ソフトでは、四則演算はできても、行列の計算はできなかった。このため、経済統計の活用は、ごく最近まで決して容易な作業ではなかったのである。

 しかし、現在では、計算作業はおろか、印刷物も、入力作業も、ほとんど必要なくなった。データさえ見出せれば回帰式があっという間に出てくるのを 見るたびに、ITの進歩がわれわれの知的環境をいかに改善したかを、つくづく感じる。われわれは、20年前には想像もできなかった素晴らしい世界に生きて いるのである。

 ただし、こうした技術の進歩にもかかわらず、経済政策論議の質は、あまり向上していない。20年前より劣化している場合も少なくない。われわれ は、統計データの活用に関して、「宝の持ち腐れ」的状況(あるいは、「豚に真珠」的状況)に陥っていると思う(念のため付け加えるが、これは私自身につい ての自戒もこめて言っているのである)。

野口悠紀雄(早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授)
1940 年東京生まれ。63年東京大学工学部卒業、64年大蔵省入省、72年エール大学Ph.D.(経済学博士号)を取得。一橋大学教授、東京大学教授、スタン フォード大学客員教授などを経て、2005年4月より早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授。専攻はファイナンス理論、日本経済論。主な著書に『「超」 整理法』シリーズ、『資本開国論』『モノづくり幻想が日本経済をダメにする』等がある。 野口悠紀雄ホームページ
第3回 ウェブサイトからのデータを 自分用にカスタマイズして使う (2007年11月19日)
第2回 官庁という迷宮サイトから情報を得る方法 (2007年11月12日)
第1回 インターネットは知的な仕事の進め方を革命的に変えた (2007年10月22日)