1999/11/28  作成 T.Abe、監修:A.Okada

 東急大井町線の九品仏駅を降りて改札口を出、左に折れるとすぐのところに、銀杏と榧の巨木に囲まれた、浄土宗九品山浄真寺がある。

 豊臣秀吉の北条攻めの頃、奥沢城があったところに、徳川四代将軍家綱の延宝6年(1678年)に浄真寺が建立された、歴史的な由緒有るお寺である。今でも、境内の北側に、奥沢城の土塁跡(写真)があり、城跡の名残を残している。

 本堂の向かいにお堂が三つ並んでいて、この三仏堂には阿弥陀如来像が三体ずつ安置されている。合わせて九体ある事から、通称九品仏(くほんぶつ)と呼ばれている。本堂は西向きで現世の此岸(しがん)を、三仏堂は東向きで浄土の彼岸を現している。

 入り口の参道は「二河白道(にがびゃくどう)」を表している。火の河と荒れ狂う河に挟まれた白い細い道、白道は浄土往生を願う信心の道で一心不乱に念仏を唱えて極楽浄土へ渡ろうということを意味している。

 山門をくぐって左手に「衣領樹(えりょうじゅ)」と書いた木がある。「懸衣翁(けんえおう)」の札がある。右手に閻魔大王の入った閻魔堂があり、大王の横に「葬頭河婆(そうずかば)=奪衣婆(だつえば)」が控えている。

 三途の川の辺に衣領樹があり、木の枝に衣服を枝にかけ、罪の深さを測り閻魔大王の裁判の時に報告する話については、「憩いの広場のページ」の「閻魔大王の前で嘘のつけない訳」に詳しく出ているので、興味のある方はクリックしてご覧下さい。

 閻魔堂の先に六地蔵が並んでいる。六道(地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天)の入口に立ち、衆生の苦を救うと言う有り難いお地蔵さんである。

 更に進むと開山堂があり珂碩上人(かせきしょうにん)の像が祭られている。その先に仁王門があり、上層には二十五菩薩が、下層には阿吽(あうん)の仁王像が安置されている。

おめんかぶり(二十五菩薩来迎会)のお祭り

 都の無形文化財に指定されている、文政10年(1827)に始まったと言われる、三年に一度の 「おめんかぶり(二十五菩薩来迎会)」のお祭りがある。(最近では平成11年8月16日、次回は平成14年)

 本堂(現世)と三仏堂(彼岸)との間に36間の木の橋が架けられ、十五菩薩のお面を被った人々が往来する。往相(おうそう)と還相(げんそう)である。 「往相」は、善行をした人が亡くなると、阿弥陀如来と二十五菩薩に迎えられて、彼岸に渡る。 来迎をうけた往生人が浄土よりこの世に帰り(還相)、世のためにつくすというものである。

アクセス
所在地 :世田谷区奥沢7-41-3
電話番号:03-3731-2889
最寄り駅 :東急大井町線・九品仏駅から徒歩3分

参考文献;浄圓四季随想ー平成三年 岡田昭著